その時感じた「好き」を信じる。

2018年06月08日

(株)パウダーカンパニー 代表 高久智基

 

腰越駅から徒歩5分。海の眺めが美しい「小動岬」の目の前に、美しくリノベーションされた古民家があります。玄関にはスノーボードが飾ってあり、カウンターには北海道限定のビールが陳列。目の前が海という絶好のロケーションに雪山の雰囲気を感じさせる佇まいが独特の雰囲気で、その名もPOWDER COMPANY SHONAN。湘南という「海」の街で新たなチャレンジを始めた株式会社パウダーカンパニー の代表「高久智基」さんを取材しました。

 

 

高久智基:プロフィール

90年前半からエクストリーム&フリーライドの世界を中心に活躍するフリーライドスノーボーダー。 モンゴル最高峰(4378m)の登頂滑降をはじめアラスカ、シベリア、南米など海外ビックマウンテンでの滑走経験多数。 特にアラスカ急斜面での撮影、氷河キャンプを行い、数多くの映像に出演する。 国内では北海道ニセコを拠点とし、1999年より冬山滑走ガイド集団「POWDER COMPANY GUIDE」を率い、バックカントリー・スノーボードガイドとしても活躍。 ライディングクリニックやツアーを通じ、ゲストのスキル向上を図るとともに、安全で楽しいスノーボードを提唱。 THE NORTH FACEのウェアやバックパックを始め契約メーカーの商品開発に携わる。自身のPROモデルがGENTEMSTICKより「GT」、「BIG FLOATER」として販売される。ニセコアンヌプリ国際スキー場内にて「テストセンター&ガイド事業所」を運営。 夏期はニセコ周辺の川や海でのサップガイド「SUP niseko」を設立。またスキー場や未圧雪斜面のコース管理を行う。

 

 

ー高久さんは、湘南出身にも関わらず、スノーボーダーとして、そしてバックカントリー・スノーボーダーガイドとしてのキャリアが長いですよね。その背景を教えてください。

 

高久:

藤沢出身藤沢育ちで、幼少期から湘南で過ごしていましたが、学生の頃は湘南をかっこ悪いと思っていました。父はよく「湘南ボーイ」って言っていたんですけど、「何が湘南ボーイだよ、ふざけんなよ」って(笑)そんな時、中2の頃から始めたスケートボードが最高に面白くて、その流れで海に連れていかれたんですが、サーフィンブームに乗っかっていくのが格好いいと思えなくて、スノーボードを始めました。当時、スノーボードの認知度は低く、スポットライトは当たっていない世界でしたけど、素晴らしいものに触れている自負がありました。今思えば浅はかでしたけど(笑)


 

 

ーそこからスノーボード業界にのめり込んでいかれるわけですね。

 

高久:

バブル期の後半、父親が家を担保に藤沢駅の北口で健康ランドを始めたんですよ。アルバイトとしてお手伝いしていたこともあり、家業を継げと言われていたものの「これは違うな」と思っていました。そんな中、祖母の死をきっかけに私が家業の連帯保証人にならざるを得ない状況になりました。若干20歳にも関わらず「全てを取られる可能性が常にある」という状況に追い込まれたんですね。その時に、「無一文になっても取られないものを築こう」と思って当時やっていたスノーボードに必死に取り組みました。少なくとも、スノーボードで培った技術は取られるものじゃないと思ったんです。

 

ー相当追い込まれた状況だったんですね。ちなみに、高久さんを語る上では「バックカントリー」という言葉が欠かせないと思うのですが、バックカントリーについて教えていただけますか?

 

高久:

バックカントリーとは、山野のうち手付かずの自然が残っている整備された区域以外のエリアのことを言います。スキーは日本で100年、ヨーロッパでは200年の歴史と言われていますが、はじめはスキー場なんてなかったわけですから、バックカントリーでのパウダー滑走から始まっているんですね。貴族、男爵といった一部の富裕層から始まりました。それから高度成長期に入りスキー場がたくさんできた事により、あって当たり前、冬になったら行くんだなという認識になりました。スキーがレジャーに変わっていき、スキー場の中で整備されたバーンを滑るスポーツに変わっていったことで普及していきました。それと同時にスキー場外を滑るという文化がほとんどなくなっていったんです。新雪、天然の山を登って滑るというのは登山家の世界だという認知が広がり、登山とスキーが別れていきました。

 

〜スノーボードの登場により、バックカントリーが普及していく〜

 

高久:

スキー場ができた事でゲレンデを滑ったり、アルペンレース、モーグルという競技が盛んになっていく中、3040年ほど前に、足だけバンドでとめて自然斜面を滑るスノーボードが始まりました。硬いバーンを滑っていくのはスキーが適しているのですが、踏まれてない雪、自然の「深い雪」を滑るのは、1枚のボードで浮力があってコントロールがイージーなスノーボードが適しています。日本で言えば、浮力を利用して山岳エリアを滑る、バックカントリースノーボディングとか、バックカントリーという言葉が20-25年前に少しずつ普及し始めました。それはスキーの世界からの延長じゃなくて、スノーボードが出現したことによってパウダー状のポテンシャルが認知されたからなんです。まだまだ一般的な存在として認知がされている業界ではなかったのですが、手付かずの大自然で自由に滑っていくスタイルに魅了されて、バックカントリーにのめり込んでいきました。

 

ーニセコに移住し、選手としての活動だけでなくバックカントリーガイドを早い時期から始めていますね。振り返ってみていかがですか?

 

高久:

「世界有数の山岳リゾートであるニセコで成功する」という大志を抱いていたので、23歳の頃にはニセコに住むようになりました。選手として活動をする中、2425歳でようやく食べられるようになったのですが、バックカントリーは時代と逆行した市場だったので、広げていくにはまずはショップのオーナーに知ってもらう必要がありました。パウダー滑走を教えないと市場が成長しないだろうなと思ったんです。そのため、全国のショップオーナーを集めたツアーを定期的に行い、その時手伝ってもらったスタッフ達を軸に1999年、冬山ガイド「POWDER COMPANY GUIDE」を立ち上げたんです。北海道で起業した20年を振り返ると、最初の10年は「これが藤沢だったらな」と思ったことは何度もあります。同級生がいたり家族、友人のつながりといったネゴシエーションって事業をする上でも大きいと思うんです。北海道という縁もゆかりもない土地でバックカントリーガイドという言葉も浸透していない状態だったので、大変だったなとは思います。




 

ーニセコは外国人誘致に成功し、活況な印象を受けます。

 

高久:

北海道の歴史は100年。だからこその「おおらかさ」が魅力の一つで、何のツテもない自分がここまでやってこれたのかなと思っているのですが、この15年で外国人投資家による大量な投資が発生し、地価が20倍になりました。その背景を受けて、今まで「売らないよ」といってた人達がコロっと売ってしまったんです。高度成長期に脱サラしてペンションをたてた70代くらいの方達なので、本来はご意見番として地域を守らなければいけない立場の人たちのほとんどが手放してしまった事により、景色が大きく変わってしまいました。物価が上がってしまったので、地元の人が気軽に楽しめる環境が少なくなっています。海外資本と地域がどう向き合っていくかは、課題の1つだと思います。

 

 

ーニセコでの展開が順調に進んでいる中、湘南でパウダーカンパニー を設立した理由は?

 

高久:

ニセコでの成功を目指し活動していったので、少しずつ湘南から遠ざかっていったんですね。ただ、20歳まで過ごしている大好きな場所ですし、仲間も多いし「いずれかは湘南に貢献できる何かをやりたい」という想いはありました。そんな中ちょうど4年前に父が病気した事で、頻繁に戻る様になったんです。そこから、色々なご縁が繋がりこちらの物件を紹介頂く事が出来、この場所なら北海道でやって来た経験が活かせると思い、昨年4月から準備に取り掛かり、7月末にオープンしました。

 

 

ー具体的にどんなことをやっていきたいですか?

 

 

高久:

スノーボードの輸入が始まる30-40年前、最初の受け皿になったのはスキーメーカーではなくサーフボードメーカーだったんです。その背景から、当時は物珍しさにサーファーもスノーボードに触れたものの、硬いバーンで刺さっちゃうし転んだら痛いしで「サーフィンの方が面白い」とみんなやめてしまいました。雪山に悪いイメージだけが残っているケースは多いと思います。ただ、ここ5年くらい、海外の一流プロサーファーがスノーボードの虜になるケースが出てきていて、自分のサーフライフとオーバーラップするようにスノーボードに取り組んでいます。今まではプロスノーボーダーを中心にサポートして来ましたが、湘南地域に住む方やサーファーに、スノーボードやバックカントリーの魅力を伝えていきたいと思っています。また、ニセコや他の地域と湘南を繋げるハブとして機能させ、地域間交流も生み出したいですね。

 

 

ービジネスとして捉えられていることは?

 

高久:

多くの方の目に触れる立地ですし、様々なアプローチが考えられます。ただ、湘南は観光地としての歴史も深く、様々な文化が存在します。サーフィンだけでなく、漁師町としての側面であったりお寺がある文化だったり。そしてここは鎌倉と藤沢のはざまにあることから、地理的な側面も。歴史ある地域ですからチャンスがあるからなんでも同じようにやるべきかと言うのは正しくはないと思っています。

 

 

ー高久さんは、自分の好きな事にまっすぐで、想いを形にされてきています。成功の秘訣はなんですか?

 

高久:

ニッチであれ、小さい業界の中でもいいのでトップになることが大事ではないかと思います。そうすることで色々なことがついてくる。やりたい事が見つからない人も多いと思うんですけれども、誰もがどこかで切羽詰まるような、決断しなければいけない瞬間が訪れる。その時に、取り組んでいたり、関わっているものを好きだと信じぬく事が大事だと思います。テレビや雑誌がいいと言っていることが全てではないんですよね。世の中にはメディアでは語られていないけれども魅力的な事がたくさんあります。直感を信じて自分で選択すると開かれる世界があるんです。私のバックカントリースノーボーディングがそうだったように。

 


 

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